「2009」「平成21年」 営業支援センター|営業研修|講演、セミナー|販路開拓のスペシャリスト|コンサルティング|営業相談|バイヤーズ株式会社

 営業は一に仕掛け二に仕掛け、三四が無くて五に仕掛け。営業は仕掛けで決ま る!

コンテンツ

登内より

公職歴等

講演・セミナー・研修実績(公的機関)

コンサルティング実績

受講者の声

会社概要

営業支援センターウェイ

営業支援センターの軌跡

コンサルの使い方

効果の出る営業系研修の作り方

料金について

メディア掲載情報

ニュースリリース

5円玉プロジェクト

五円玉プロジェクトとは

5円玉プロジェクトに参加した理由

五円硬貨を磨き上げながら想うこと

5円玉プロジェクトに参加してみて

講演、セミナー、研修等のお申し込みについて

講演、セミナー、研修

現在新規の受付は停止しております

お問い合わせ

取材、その他

社会貢献活動

各種支援団体

支援先企業

夢の環境装置ホワイトゴート

失敗しないゼロからの起業営業支援センターの母体のバイヤーズ株式会社 が尾形恵子さんのビジネス書に掲載されました。「起業家育成のプロが教える「失敗しない」ゼロからの起業」

■メルマガ再スタートします
新タイトル:心の扉−中小経営者の心のカンフル剤−
このメルマガは代表の登内が「自分の体験が少しでもお役に立てば・・・」との 想いから魂込めて書いてます。様々な事情で心が折れかけている中小企業経営者 やそのご家族などに読んでいただければと思います。
※心の扉は2009年よりスタートしました。それ以前は「営業仕掛け事例レポート」 の内容になりますので、予めご了承ください


バイヤーズ株式会社
カスタマーサポート
AM9:00〜PM5:00
日祭休
〒150-0002
東京都渋谷区渋谷2-22-7
Tel:03-5778-4875
Fax:03-5778-4956

ホーム > 代表挨拶

ご挨拶

いよいよ日本の中小企業にとって大チャンスの2009年を迎えました。
自動車や建設機械関連の下請企業をはじめ厳しい年になるであろうと言われておりますが、このような時代だからこそ、新しい業種、業態がぞくぞく生まれる年でもあります。


  • 2008年の12月は31日まで「HELP ME!」コールが鳴り止みませんでした。 そして今年も元日から同様です。大半が中小製造業経営者からでした。
    一言で言えば、彼らの頭の中は資金繰り、資金調達で一色になってしまっており、とても新技術や新サービスを発想しようという状態ではありません。 完全に前向きな思考がロックされてしまっている状態です。
    私どもは資金周りのプロではありませんので、信頼のおける専門家を紹介する程度しか出来ませんでしたが、その問題が解決した後、彼らはどのように回復させるのかをほとんど考えておりません。
    金融機関に提出する改善計画書も、緊急対策融資を申請するだけのものであり、頭の中は相変わらず真っ暗闇の中をさまよっている状態です。
  • 為替取引や相場取引をしておられる方々はおわかりと思いますが、下がれば必ずまた上がります。上がればいつかは下がります。時代はこの繰り返しです。
    再度上がるまで持ちこたえられた会社は、他(ライバル)が無くなってしまっているので、パイが小さくなったとしても仕事がどんどん入ってきます。 しかし、中小零細企業の大半は、その体力がないため、消える方向へと向かっていってしまうでしょう。ただ、その代わりに新たなものが出現します。 そして、その新たなものが新業種・業態となり、日本を上向きの方向へ導いてくれるのです。では、その新たなものとは何なのか? それを考え続けるのが経営者の一番の仕事ではないかと私は思うのです。
  • これは私の持論ですが、中小企業経営者の考え方は2種類あると思います。
    ●1つは、中小企業経営者は経済の大きな波を見ることはあまり必要ないということです。なぜなら分母が小さいからです。 年商100億以下の金額であれば、何兆円何十兆円の世界の流れと一緒に動く必要もないし、全体の流れと関係ない隙間はいくらでもあると思っています。
    2008年12月の1ヶ月を見るとドル円で最高値と最安値で13円も動きました。結果的に円が13円も高くなったわけですが、その1ヶ月の中でも2円が安くなった日が何日もあります。つまり全体は円高になったわけですが、円安になった日が何日もあったわけです。
    私は中小零細企業が見るべきところはここだと思うのです。 13円全部を見なくていい。2円でなくても1円でも50銭でも取れるところだけ取れば、それで十分運営できると思うのです。 それを業界全体が下がったからとか、世界の経済が・・・とか、中小企業経営者は日本国の総理大臣でもなければ外交を背負っているわけでもありません。 よって、家族と目の前の数十人〜数百人のスタッフを守ることが最優先課題です。 ゲリラすれば仕事はいくらだってとれるはずなのに、業界でつまはじきになるとか、その後の仕事がやりにくくなるとか、私から見ればすごく悠長なことを言っているなあと思うのです。
    ●2つ目は、前者の間逆に見えることと思いますが、あまりにも小さなものを見すぎているということです。経営者が目の前の小さな問題ばかりにとらわれすぎていて、ひたすら維持することばかりでおろおろしている。 小さな結果に一喜一憂している姿を毎日見せ付けられている若い社員たちが、その会社に明るい未来や希望を感じるでしょうか?
    大志も何もあったものではありません。 これは小さな子供を持った親も同様です。 決算時期に1年間や半年、四半期の流れはしっかり見ていても、10年100年単位でものごとを見ていないため、長期のトレンドがどうなっているのか見落としてしまっている。
    私はアナリストでもなければ評論家でもありません。 単なる小さなメーカーの経営者です。 10年経営してきて、この2つに気付いたのはつい最近のことです。 よって、皆様に偉そうなことを言うつもりもなく、自分自身に言い聞かしている言葉です。
    たまたま知人から下記の言葉を贈られた事があります。 この言葉を何十回も何百回も読み上げてきました。
    問題とは何か?
    それはけっして、日々迫られている目前の問題をさすのではない。
    真に我々が取り組むべき問題とは、現状にとらわれずに「かくあるべき姿」の中に見いだす不足部分をさすのである。
    問題意識をもつことは、このギャップを意識することをいう。
    したがって、問題は「かくあるべき姿」を求めて 日々真剣に自己の任務を掘り下げ追求し続ける意欲のある人の目にのみ その真姿を現わすのである。
    問題とは発見され創造されるものなのだ。
     
    「土光敏夫の信念の言葉」より抜粋
    私は土光敏夫氏をよく知る世代ではありません。 しかし、この言葉は「確かにそうだよなあ」といつも読みながら反省しています。 会社を創業したときは素人経営者なりに大きな夢を持っていました。 周りにはバカだちょんだ言われながら「絶対に成し遂げてみせる!」と燃えていました。そしてその達成のためにどうしたらいいか毎日考えていました。 しかし、子供も生まれるし、会社の売上げもなく、銀行残高が日々減っていく中、いつの間にか夢よりも、明日の現金残高を増やすことばかりにとらわれておりました。
    しかし、この言葉の出会いによって、昔の夢を思い出したのです。 今、目の前の問題にとらわれていたとしたら、せいぜい維持することが限度でしょう。 今だからこそ「かくあるべき姿」を作るときだと私は思うのです。 そしてそれこそ、まさに「新たなもの」に繋がるものだと思うのです。
    出来るか出来ないかを考えることなんて意味はありません。 出来るようにするにはどうしたらよいか! これを日々真剣に考えることからスタートだと思うのです。
    これは登内家で私がつくった登内三か条の第一条です
     一、まずは「出来る!」から発想すること
     一、人に役立つ人間になること
     一、誰でも平等に扱うこと

    娘たちにはせめてこの考え方の癖はつけてもらいたいと想い、願い、この三か条を書いた紙を家の壁に貼っています。
    売上げの大小は関係なく、経営者の志が高ければ高い方がいいに決まってる。 私はそう思っています。
  • 最後に私の夢を簡単に書かせていただきます。
    私の夢は国を作ることです。
    といっても日本の総理大臣になるつもりはサラサラありませんし、先輩議員におべっかを使いながら、根回しをしながら、ゆっくりことを進めていく時間もありません。 それ以前にそんな器でもありませんし。 数人の小さな国でもいいのです。
    ・市民が幸せにのんびり日々をおくれる平和な国。
    ・子供たちがのびのび元気に暮らせる夢のある国。
    ・お年寄りたちが笑顔でやる気満々に生きれるような生きがいのある国。
    ・市民たちが困ってる人たちを助け合って生きていけるような利他の国。
    ・若者たちがその国を守り発展させていくために、どうしたら出来るようになるのか!?を毎日真剣に考えるポジティブな国。
    ・衣食住の生活費をはじめ、医療費、教育費、インフラ整備費などは当面すべて国王である私が捻出します。私の資金が枯渇するまでの間に、若者たちに答えを見つけてもらいます。
    ・敵国は一切作りません。作らないようにするにはどうしたらよいのか?
    ・犯罪は一切発生しません。発生させないようにするにはどうしたらよいのか?
    ・子供への虐待や老人虐待もありません。ストレスのない社会を作るにはどうしたらいいか?
    みんなで毎日真剣に考えます。
    そして、代々、若者たちに継いでもらうのです。
    そんな、前向きに真剣に市民たちが「考える国」をつくりたい。 妙な宗教団体に見えてしまうかもしれませんが、内部情報はすべて公開いたします。 入りたい人はいつでも入ってくればいいし、でたい人はいつでてもいい。 パスポートも何もありません。 ただ、入るためには市民がOKしないと入れない。 OKするためには考える国の国民になるための資格を取らねばならない。 よって、その訓練場は必要です。 その訓練場で訓練することは倫理・道徳です。 学校教育を非難するわけではありませんが、道徳教育を真剣に行っている学校はほとんどないのが実情です。 授業時間が長ければいいってものではない。 大切なのは真剣になぜそれが必要なのか?の本質を見させることです。 その動機付けをするのは大人の役割であるし、正面から受け入れようとする子ども自身の役割でもある。
    私は娘たちにいつも言っているのは、国王や総理大臣は決して偉いわけじゃない。 社長も校長も決して偉いわけでない。 その「役割があるだけ」と。 役割が果たせないのであれば、どうしたら果たせるようになるのかを真剣に考えることだと。 自民と民主の足の引っ張り合い合戦を日々子供たちが見て、いったい何がよくなるのでしょうか? 引っ張り合ってるくだらない時間があるなら、他にせねばならないことがいくらでもあるのではないでしょうか?
    ここに書いたことは私個人の考えでありますし、人からの意見は一切受け付けるつもりもなく、議論する時間もありませんが、私はそう思うのです。
    私たちの先代たちが命がけで守ってくれた日本。 発展させてくれた日本。 どこの国にも行ける権利を掴み取ってくれた日本。 そんな諸先輩方が作り上げてくれた平和な国日本にせっかく生まれてきたのですから、日本人としての誇りを持っていなければならないはずなのに、誇りを持てない若者がたくさんいます。 私はその誇りを復活させるために、本来あるべき日本の姿を小さいながらでも作り上げてみせます。
    まずは出来るから発想する!の精神で。

平成21年1月
営業支援センター 代表
バイヤーズ株式会社 代表取締役 登内義也

プロフィール

  • 1966年12月27日 母の故郷である長野県伊那市で産声を上げ、東京都 練馬区で育つ。
  • 幼稚園ではバイオリンをするような家だったが、オイルショックにより父の会社 が閉鎖。母も働き出し、小学生は鍵っ子生活になる。
    毎晩のように酔っ払った父は「手に職をつけたって営業が出来なければダメだ」 小学生の子供に愚痴をこぼしていた。
    私はそんな家が大嫌いで、とにかく家を早く出たかった。 反抗期をに入った中学時代に「オーストラリアの牧場で住み込みで働こう」とあ れこれ動いてみるが結局決断できず。
    卒業前にも高校へは行かずに家を出て住み込みで「寿司職人」になると言い放つ が、それも実行できずに、高校へ進学。
  • 7歳のときから父に言われ続けられていた「営業が出来なければダメだ」が 潜在的に私の脳に刷り込まれてしまったかどうかはさだかではないが、高校卒業 後、大学に進学せずに、フルコミッション営業の世界に入り、会員権販 売をする。ちなみに進学しなかったのは同学年で数名しかいなかった。
    ただ、同窓会に出てみると同級生はみんな大学生。社会人の私は違和感を感じた。 こっちは毎日何百本も営業電話をかけてるのに、こいつらはのんびり遊びまくっ ている。そこで「絶対にこいつらが卒業したときは大卒が稼ぐ生涯年収の何倍も何十倍も 稼いでやろう」と心に決める。
  • その後、憧れであったアパレル業界に入り、百貨店で販売員をする。
    販売は「売る人間」は年齢関係なくどんどんヘッドハンティングされ、高給になっ ていく世界。数社に引き抜かれ、4箇所の百貨店で販売や店舗レイアウトを経験 し、最後のアパレル会社で百貨店営業を担当。当時はバブル真っ盛りのため20 歳前後の人間でも、ボーナスは200万以上、毎年海外旅行&国内旅行&高級レ ストランでの食事会などとてもリッチな生活をしていた。
    更にリッチになりたいと思い、24歳で独立。卸売業やイベント業を行う。但し26歳で閉鎖。
    今思えば当たり前なのだが、儲けた金は右から左へ遊びに消えていくし、手形の 手の字もわからないような経理無知では資金繰りなどできるはずが無い。 結局大きな借金を抱えてしまう。
  • その借金を返すためにトラックの運転手、レンタカー屋で洗車、洋服の値札付け、 イベントの司会、ゴルフ会員権の販売などいくつもの仕事を掛け持ちし、何とか3年で完済する。 返済中の27歳で、ある共同配送のパイオニアである日本橋の物流会社に入社する。
    なぜ、そこに入社したのかというと一番の理由は社歴が長かったから。 すぐに潰してしまったので、長く続けるには何が必要なのか知りたかったのであ る。
    また、給料の割には17時には退社できるとのことだったので、その時間で2回 目の起業準備が出来ると考えたからだ。
    その会社の代表取締役には3年後に再度独立することを理解いただき、3年契約 で営業システム、経営企画、業務、経理、新入社員採用面接、社内改革委員会な どを担当する。 お陰で経理は勉強できたし、何よりパソコンが出来るようになった。 そして店頭公開するまでの過程を、経理側から体験できたのは非常に勉強になっ た。 17時に退社できるはずだったが、入社してみるとそんなわけには行かず、時に は徹夜で何日も泊り込みなんてこともあった。 しかし、仕事はすごく面白かったし、いい仲間にも巡り合えた。 しかたなく休日を使って、ビジネスモデルを考えたり、起業家セミナーなどに通っ たり、中小企業診断士の勉強をしたりする。 そして退社後や休日にそのビジネスモデルをアサヒビールの樋口会長をはじめ、 パソナの南部代表や様々な経営者に持ち込んでいた。ただ、ほとんど「ダメだし」 をされるだけで終わってしまったが、直接話せただけでもいい経験にはなった。 30歳で退職 しかし、まだ何をするのか決まっていない。毎日図書館に通いな がらヒントを見つけようと必死である。
  • そんな中、ミスミの田口元社長が書かれた「購買代理事業」の本を読み、どうし ても本人からレクチャーを受けたいと思い、毎日のように秘書の方にお願いする。 するとようやく面談チャンスをくれて大変な刺激を受けた。 その後も何度かミスミさんにはお邪魔をし、いろいろ教えてもらうこととなる。 「これこそ俺のすべき事業」と悟り(?)1998年 念願であった2度目の起 業をすることになる。

■登内のバイヤーズ創業から10年間の事業立ち上げ&活動実績

1998年
神楽坂(東京都)で産声を上げる
購買代理事業の立ち上げ
日本初「エコ(環境対策)商品専門問屋」の立ち上げ

1999年
共同仕入機構「バイヤーズパートナーズ」の立ち上げ
はじめての自社ブランド商品「泡工房」デビュー
エコイベント企画運営事業(百貨店)
行政のビジネスコーディネーターを委嘱される

2000年
静岡支社 立ち上げ
メーカーの売れ残り商材流通事業「商材レスキュー」事業の立ち上げ
メーカー商材のバーター事業「商材リサイクル」の立ち上げ

2001年
全国の主婦によるTV番組で放送されたアイデア製品情報収集システ ム「@GOODS」の立案・企画 投資家まわりで断念
美大生100名によるイラスト、写真の低価格提供事業「しこうざくご」の立ち上げ
中小メーカーのサンプル品を有名店バイヤーにPRする「サンプルピック」の立ち上げ
国内の有名店バイヤーからニーズを吸い上げる「ニーズバンク」の立ち上げ

2002年
銀座本店 立ち上げ
テレコールからアポイントメント、商品提案、商談の代行業としての「営業支援センター」の立ち上げ

2003年
中小メーカーの営業コンサルティング受託開始
中小製造業向け営業指導システム「営業ファクトリー」立案

2004年
自社商品のオンラインショップ「あったらいいなショップ」開 店
ペット市場に参入しようと「ドッグフードビジネス」の立ち上げ
サメ軟骨を使った自社商品をデビューさせる

2005年
企業営業研修 受託開始

2007年
親子イベントボランティア事業「ありがとう工房」の立ち上げ

2008年
親子コミュニケーションオンラインショップ「パパメイド」開店

など

※途中で進化していったものもあるが、大半は撤退してしまった。 しかし、それらが血となり肉となって今のバイヤーズがあることは確かである。


※当サイトの全てのテキスト、画像等の無断使用、転載、転用は、固くお断りいたします。
Copyright 1998-2009c バイヤーズ株式会社 Allrights Reserved.